toshi1979のブログ

介護業界で働いています。音楽とスポーツと食べることが好きです。

via NewsPicks; 介護ロボットの普及は、日本の介護の最優先事項なのか?

先週末にこのニュースを読んだときに、唐突な違和感があった。でも、一方で、このニュース元である政府(財務省厚生労働省)からこういうリークがされた文脈が、なんとなくだが理解もできた。

www.sankeibiz.jp 

そしてNewsPicksでは、このニュースについて喧々諤々議論もなされている。

ロボ導入施設の介護報酬加算へ 政府、市場拡大へ18年度改定から 

正直、面倒だと思った。このニュースを端的にコメントをするのは難しい。全体像を理解するために、膨大な説明が必要となる。

また、自分はこの件については、業界の中の人であり、つまり”インサイダー”の端くれである。この件はいずれは自社にも影響する話でもある。関係各位への細心の注意と利益相反、事実誤認を避けながら書かなければならない。まあ面倒くさい。

じゃあ、なぜ書く動機を持ったかというと、ふたつあって、ひとつはコメント欄で煽られたこと。(笑)もうひとつが本当の大きな理由で、このニュースのコメントを読むと大概の方がこのニュースの好意的か前向きに考えている事に対して、実際に介護に従事していると思われるPickerが、いずれも冒頭の私と同様に、微妙なニュアンスをコメントに書かれていたことだ。

気持ちはすげえわかる。何より介護はNewsPicksの中では弱小カテゴリーで、その発言力は小さい。何となくだが、コメント欄でも声の大きな人のぼんやりとした印象論に蹂躙されているような被害者意識も多少ある。(笑)気持ちはわかるが、説明をしたらコメントが長くなるので書きたくないなと思ったら、本日入っていた外出アポイントメントが急遽飛んでしまって、時間ができてしまった。せっかくなので、自分の考えを整理する上でもブログにて、この件について触れることにした。

端的に書くので、専門用語が多すぎるとか、もっとわかりやすく書けとか言わないように。

さて、ここからが本編です。

Ⅰ このニュースの背景

まずは記事を読んでもらうとして、ここで書かれていることのポイントについて触れたい。まず、原則、介護サービスの単価となる介護報酬は3年に1回の改定がある。次回がこの記事でも触れられている2018年度で、介護だけではなく医療との同時改定となる極めて重要なイベントである。

そして、現在の介護保険法及び介護報酬をとりまく流れとして、下記の通りだと考えている。

  • 全体的にサービスの基本報酬単価は下がる
  • 軽度および生活援助なサービスを徐々に適用から外す
  • ただし、有資格者の育成や研修などサービスの質向上を実現している事業者には、介護報酬への加算という形を取る。

つまり、介護保険の源泉となる社会保障費は膨張しているものの、それを上回る高齢者の増加によって、一人あたりに掛けられる費用は減っている。そこで、介護保険を適用できる範囲を狭めたい。しかし、それだと介護事業者と介護職員が一気に減少してしまうため、効率化や人材の定着、育成など継続的な経営努力を行う事業者については、加算という形で支援したいというのが、たぶん2018年度以降も続くであろう介護報酬のトレンドだ。

この文脈で考えると、本件の介護ロボットの導入は前向きな施策に見える。人材不足の介護職の離職防止にも、ロボット産業の成長発展にも繋がって良いこと尽くしではないかと。では、冒頭の私の違和感はいったい何なのか。

Ⅱ 目的と手段が逆転しているのではないか?

介護事業を携わってみて感じるのだが、現状の打開や問題解決を図るには、下記の3つのポイントに注力するしかない。

  1. 人材確保と育成
  2. 業務の効率化とフローの改善
  3. 医療と介護予防技術の進化への支援と連携

事実、当社はひたすらこればかりやっている。予算を上の3つに按分し、組織の力を付けながら何とか生き延びている。多分これは他の法人もそうだろうし、広い意味で言えば 、政府も同じかもしれない。税収と社会保障費のバランスを見ながら、効果的に上の3つのテーマに予算を按分しているのだと思う。

これで言うと、介護ロボットの導入は、「1.人材確保と育成」と「2.業務の効率化とフローの改善」に当てはまる。こうして書いてみると、良い施策なのではないかと思われるだろうけれど、やっぱりどこか腑に落ちない。そろそろ「結局、お前は何が言いたいのだ」とのお怒りを買いそうな気がするので、私の本件の所感を書く。

それは、つまり、

現状の問題解決の打ち手として、筋が悪くないか?

介護ロボットの普及(購入)ありきで、目的と手段が逆転していないか?

 ということなのである。あー、言っちゃった。

Ⅲ 介護ロボットを導入する目的

そもそも、みなさんは、介護ロボットにどのようなイメージを持っておられるだろうか。例えば、サイバーダインのHALとかイノフィスのマッスルスーツが有名ですね。

www.cyberdyne.jp

innophys.jp

身体からの微弱な電気信号を読み取ったり、人工筋肉を用いて、介護職員の悩みである腰痛を予防する高性能なロボットスーツ。ベッドやトイレなどの座位において、腰にかかる負荷を大きく軽減する。私もこっそり試着したけれど、確かに腰がだいぶ楽になる。たぶん、この記事に該当する"介護ロボット"は、そのような介護職員の作業補助をするようなスーツだったり、Pepperのように見守りを兼ねたセンサーカメラのようなものなのだろうと思う。

でも、現状、介護ロボットの導入はそれほど大きく進んでいない。例えば、防水性が乏しいとか躯体が大きすぎるとか、現状の機能面の問題もあるけれど、これは時間の問題で、いずれ解決すると思っている。また記事にもある通り、ロボットの価格の問題もあると思う。これは後ほど触れる。

実は私は、これまであまり議論されていない、もうひとつ大きな課題があると思っていて、それが下記のことなのである。

介護職員は、日中マルチタスクでいくつもの役割をこなしている。とんでもなく忙しい。

さまざまなメディアの記事やNewsPicksのコメント欄を読む限り、あまりこの前提で議論されていないのではないかと感じることがあるので、当たり前のことなのだが書く。

介護職員はとても忙しい。日中、高齢者の話し相手をするし、リハビリもするし、椅子やベッドへの移乗もするし、トイレやお風呂での介助もする。ご自宅から施設間の送迎車の運転もする。食事の準備や補助をしたり、皿洗いもする。

そしてここからが重要なことなのだが、その合間に並行して、事務作業をしている。お客様のご家族への連絡帳を記載したり、カルテのようなご利用者ごとにメモや記録に残してスタッフ間で共有したり、データとして定点観測して今後の分析をしている。ケアマネージャーやご家族に頻繁に電話もしている。だから、私のようなスーツを着た本社の人間が現場に顔を出すと、露骨に「忙しいからあっち行け」的な表情をされるが、その気持ちもわかる。介護はサービスごとの基準が定められており最低限の人員数が定められているが、かといって人数過多だと利益は出ない。だから、ギリギリの適正人員を敷いている。

その状態での介護職員の業務フローやタイムスケジュールを作成すると、相当に細かい。10分単位で行う業務は変わるし、同時に並行して業務を行う時間帯も発生する。つまり、マルチタスクで勤務を行う中で、都度ロボットを準備したり着脱するのは現場スタッフにとって、相当面倒くさいのだ。

じゃあ、やることを絞ればいいのではないかという議論もあろう。でも仮にロボットを着衣したとしても、1日中、ひたすら高齢者の移乗をしたり、おむつを交換したり、お風呂を入れ続けたり、トイレで介助し続けるというのも、職場環境的にどうかと思う。それこそブラック企業ではないのかな。

でも、介護業界にとって業務フローを整備するとか、効率性を上げるというのは重要なテーマだ。これについての現状の考えについても、後ほど触れたいと思う。

Ⅳ 介護事業者がロボットを購入しやすくするためには

とは言っても、人材不足なんだし、今後ロボットの時代になることは間違いなんだから、つべこべ言わずに導入しろよと思われる方もいらっしゃるかもしれない。

確かにこれまであれこれ書いたけれども、私はロボット自体には否定的ではない。いつかはそういう時代も来るのだろう。また、そうなった時に乗り遅れないように、早めに情報をキャッチしたり、試してみたいなという気持ちは常に持っている。

ただし、現時点では非常に高価なものである。例えば、上記で挙げている作業支援用ロボットは、一体数十万円~数百万円の価格帯である。

介護報酬収入(通常単価+ロボット導入等加算) ≧ 人件費+ロボット導入費用

つまり、この数式が成り立たない限り、介護ロボットの購入は難しい。そして薄利である介護サービスにおいて、先に高額を支払ってロボットを購入し、後の収入で費用を回収していくには、先に挙げたとおりまだまだ製品の機能と価格のバランスが釣り合っていない現状がある。正直今だったら、ロボット買うよりも、採用費に回した方がまだまだ安い。当たり前だが、ロボットよりも人間の方が器用にテキパキ働くし。

また介護事業者にとって、介護報酬改定のたびに基本報酬が切り下げられているという前提があり、加算は一時的にはもらえるけれども、どこかの時点で無くなるかもしれないという過去の梯子外しのトラウマは脳内のどこかに残っている。そして、これはあまり知られていないことだが、介護保険収入は消費税が非課税だ。つまり、今後消費税が増税されるとしたら、一般的には利益を押し下げる要因となる。

介護事業者にロボットを購入させるのであれば、まだ、購入補助や減税の方が手が上がるのではないのだろうか。介護報酬加算というのはどうにも筋が悪いように感じる。

 Ⅴ 業務フローの整備と効率化を行うには

上記Ⅲで業務フローの整備と効率化について触れたが、正直申し上げて、ここは業界全体で改善余地がかなり大きいと感じている。

例えば、ペーパーレス化。法人内では完結せず、複数の事業者をまたがって、介護保険のケアプラン作成や介護収入の請求を行う我々の業界では、日常的に紙とFAXと電話がバンバン使われる。帳票作成の記録においても、同じデータを重複して筆記で入力するということがまだまだ多いのが実情である。一般のオフィスから見れば数周遅れ、医療から見れば介護は一周遅れぐらいの状況であり、例えば、業務システムなど情報システム関連の設備投資と人材がこの業界に流入できれば、まだまだ変わることができる。

また、AIの進化にも可能性を感じている。例えば、まだまだ未知の症状である認知症において、進行を抑止するための機能訓練や対応方法は、現状では属人的な知識や経験則で賄うケースが大きい。そこで、これまでの診断データとAIを使い、近似の事例から最適解を割り出すということが、いつか実現できるのではないかと思っている。

良いか悪いかは別にして、世界で最も高齢化が進んだ日本は、世界で一番、高齢化の問題と医療・介護において、最も豊富な事例とデータを抱えている

あくまで介護ロボットの普及は手段であり、本来解決すべき課題は、少子高齢化におけるヒト・モノ・カネ・情報のリソースの最適化のはずだ。

介護事業者として、そこを履き違えてはならないとだけは思っている。