toshi1979のブログ

介護業界で働いています。音楽とスポーツと食べることが好きです。

Via NewsPicks: 日本の介護業界における"業務の壁"とは 【中編】

本内容は、ニュース共有サービスであるNewsPicksに10月1日付で掲載された川端隆史さんのオリジナル記事『日本は外国人看護師・介護士に選ばれる国なのか』について、介護事業の経営に携わる一員として、感想および気づきをまとめたものです。

NewsPicksの有料会員の方で、まだ川端さんの記事を未読の方は下記リンクからご一読をお願いいたします。

newspicks.com

それを反応して、私が書いた記事【前編】はこちらです。

newspicks.com

 

まず始める前に、お礼を申し上げます。前回の【前編】では多数のpickとコメントを頂き、本当にありがとうございました。すべてのコメントに目を通させていただきました。多くの気づきがありとても勉強になりました。皆さんからいただいたご意見やご質問を、内容にできるだけ反映させたいと思います。

それでは始めます。

前編の振り返りと”業務の壁”

前編では、日本の介護業界でなぜ外国人の介護職員が増えないのかという疑問について、外国人採用のための「総合的な採用費及び人件費」が日本人採用とほとんど変わらないため割高であること、また、今の介護業界は、外国人採用の導入に対して大きく3つの壁があるのではないかと記しました。

1. 国境、言語、文化の壁
2. 法律、行政、賃金の壁
3. 業務の壁

前編では、"1. 国境、言語、文化の壁""2. 法律、行政、賃金の壁"について触れましたので、この【中編】では"3. 業務の壁"を説明します。

ここでの"業務の壁"ですが、『介護実務の負担軽減、業務の効率化を阻害する課題』と定義します。上記1.2は、政治や経済などのいわゆる外部環境に左右される要素が大きいのですが、これから触れるのは、介護業界の内側にいる各プレイヤー(厚労省、行政、介護事業者、関連メーカーなど)の自発的な努力と連携によって、問題解決を起こし得る業界内部の要因および課題であると考えます。 

今回も先に結論から書いてしまいますが、『介護実務の負担軽減、業務の効率化を阻害する課題』というのは、本記事の主旨である外国人採用に限らず、今の介護業界全体を覆う非常に大きな課題でもあります。つまり、この"業務の壁"の岩盤を崩せることができれば、介護業界は大きく前進するし、少なくとも今よりも外国人の介護職員を雇いやすくなる環境は整うのではないかと考えています。

現状の介護の特徴と課題

しかし、これらの課題を説明する上で厄介なのが、課題が日本で介護サービスを提供する上の特徴と強く結びついており、表裏一体であることです。ですので、理解を進めるために、端的に日本の介護の特徴とともに自分が感じる課題を併せて記します。

介護業界外の方々にも大掴みで理解していただくために、ちょっと乱暴かもしれませんが、あえてざっくりと書いていきますので、その点はご容赦ください。

まずは介護保険法と業界の特徴と課題から挙げていきます。

国・行政が主導となり非常に組織化、体系化されている一方で、エビデンスを重視するため、事務作業が多い。

2000年より施行された日本の介護保険制度は、元々国民皆保険が先行的に実行できていた医療保険やドイツの介護保険制度をもとに設計されています。その特徴のひとつは皆保険の保険者は原則として市町村および特別区であり、小規模の行政単位による運営管理がなされていることです。従って、国(厚生労働省)の下には市区町村レベルまでの多層的な保険者レイヤーがある大きなピラミッドの組織体として、日本の介護保険は運用されています。

非常に組織化、体系化された高度な組織体ではあるのですが、国は社会保障給付費や介護保険料の対象となる40歳以上の国民から徴収した財源や税金をもとに高齢者の被保険者に給付し介護サービスを運用していますので、行政は我々のような介護事業者が行政が定めたガイドラインに従って、しっかりサービス提供しているかを監督する必要があります。

しかし当然、実際に介護を提供している現場を常に確認することは不可能です。だから、行政は事業所に対して、指導監査という形式でサービス提供の計画や記録、ご本人やご家族との契約書や受領証など書類に残したエビデンスをベースに確認することになります。また、これらの記録が我々介護事業者の売上である介護報酬の請求データとして転用されています。

従って、我々介護事業者はすべてのご利用者に対して、介護保険ガイドラインに沿った形でサービスを提供を行ったという実施記録をサービス提供するたびに行っています。実は介助サービス以外にも多くの時間を費やして事務作業を行っているのです。

正直、自分も国や行政は、なぜここまで厳格かつ細かくエビデンスを要求するのだろうかと思うこともありますが、過去にはコムスンをはじめとした事業者の基準違反による不正請求が都度発生しており、国の公費を支給する立場上、なかなか緩めるわけにはいかないのだろうなとも推測されます。

介護事業者は数多く存在し、その大多数が超零細企業(法人)である。

ちなみに、現在の日本にはどれだけの介護事業者があるのかご存じでしょうか。厚生労働省が毎年行っている調査に、『介護サービス施設・事業所調査』があります。ここでは、直近の平成27年(2015)の調査データを用いながら考えていきましょう。

上記平成27年調査の「結果の概要(基本票編)」の冒頭に出ている通り、 現在、行政に登録されている介護事業所の拠点数は、367,292 となっています。これらは、訪問介護通所介護(デイサービス)、居宅介護支援(ケアマネジャー)といった在宅介護系と、特別養護老人ホーム、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅といった施設系を単純合算した数字になりますが、初めてこのような資料を目にされる方は、こんなにも多くの介護拠点があるのかと驚かれるのではないのでしょうか。

ちなみに一番多い通所介護(デイサービス)の拠点数は 43,406。これはどれぐらいの規模かというと、昨年までは大手コンビニ3社<セブンイレブン、ローソン、ファミリーマート>の合計店舗数(41,095店舗)を上回っていました。今年、ファミリーマートサークルKサンクスと経営統合したことで、再びコンビニが逆転しましたけれども(49,300店舗前後)、近い将来コンビニの統廃合と高齢化に伴い、この二つの数字はいずれまた肉薄することになるでしょう。

ただし、上記の数字は事業所の拠点数であり、事業者の法人数(プレイヤー)ではありません。ネットで調べた限り、法人数の直近での正確な数値はありませんでしたが、間違い無く言えるのは、日本の介護サービス市場は、ごく小さな事業者が全国に点在している業界だということです。

介護サービスの市場規模というのは定義が難しいのですが、一番確実な介護市場サイズを示した数値といえる平成27年度の介護給付費の総額は9兆9,919億円です。これを現在の日本の介護サービス市場と見た場合、在宅介護系の最大手ニチイ学館と、メッセージ、ワタミの介護を手に入れて一気に施設系の最大手となったSOMPOケアネクストの介護事業の売上高を比較すると、マーケットリーダーの両社であっても、市場シェアはそれぞれ1~2%に過ぎません。

また、再び厚生労働省の平成27年度調査データに戻りますが、統計表の「1施設・事業所当たり常勤換算従事者数」を見ると、各介護サービスの1拠点あたりの従事者数が示されています。訪問介護だと常勤 7.9名、通所介護(デイサービス)だと 8.7名、特定施設入居者生活介護(包括的な介護を提供する有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅)だと 25.5名。これは介護を提供する実務スタッフが主な数字ですので、実際は各拠点でこのデータの数字に事務スタッフとして若干名の人員が追加で在籍していると思われます。

介護サービスにおいて収入となる介護報酬は、実際に介護サービスを提供した時間をもとに支払われます。また、一方で各サービスごとに人員数やサービス内容の基準は厳格に定められており、人員を満たしていることが絶対に必要なのですが、人数や投資を掛け過ぎると利益が出ません。従って、他の小売サービス業と同様ではありますが、最小の適正人数で効率的に回すのが、介護事業所を運営する上でのあるべき姿ではあります。

また、特に在宅介護、特別養護老人ホームを持った社会福祉法人では、ひとつの事業所が単独のサービスではなく、例えば「居宅支援+訪問介護+福祉用具貸与」などサービスを複合して提供しているケースが多いですし、経営者の力量や財務が優れた事業者は当然、複数の事業所を持っています。

従って、介護事業者数となると上記の36万から大きく減るのでしょうが、それでも一法人あたりの事業規模、従業員数は総じてかなり小さいと思います。売上高1億円未満、従業員20名以下という超零細企業(法人)が圧倒的な数を占める業界であることは間違いありません。

国内の過半数以上を占める在宅介護は、サービスが自社完結できない。

政府の医療・介護における「病院から在宅へ」という 大方針のもと、厚生労働省は高齢者のご自宅・住まいを中心とした「地域包括ケアシステム」というコンセプトを打ち出しています。総合病院や大学病院などの大病院は急性期や難易度の高い手術、診療を要する場合のためにコミュニティの中央に置き、その他の診療や療養等は病院ではできる限り入院日数を短くして、早期で自宅に戻す。風邪などの簡易な診療は地域のクリニックで行います。この考え方が浸透すれば、今後、ターミナル期などの死までの看取りにおいても、在宅で行うケースが増えていくことになります。

前述の厚生労働省の平成27年『介護サービス施設・事業所調査』の通り、日本の介護事業所の拠点のほとんどは在宅介護です。我々在宅介護の事業者も病院や老健など医療機関から退院した高齢者の受け皿にならなければならないし、上記の通り今後は自宅や老人ホーム等の施設内で死を看取る機会が確実に増えることは間違いないでしょう。

よって、今後はますます在宅介護へのシフトが高まり、各事業者ともやりがいを感じながらも、一方で頭を悩ませているのではないかと思います。それは私のいる会社も在宅介護が主体なので同様です。介護実務の負担軽減と業務の効率化という観点で見た場合に明らかに弊害になっていると感じる大きな要因の一つが、この介護業界の分業化と自社完結できない仕組みなのではと思います。

自社完結できない理由の一つは、上の項目で挙げた業界のほとんどがスモールプレイヤーで占められていることによるものですが、もう一つは介護サービスの提供の仕組みです。在宅介護の場合では、介護を受ける際にご利用者の介護サービス計画(ケアプラン)を作成する有資格者である介護支援専門員(ケアマネジャー)に依頼をするケースがほとんどです。

ケアマネジャーはご利用者の生活状況を見ながら、例えば、「訪問介護通所介護(デイサービス)と福祉用具貸与で車椅子を借りましょう」など、ご本人やご家族と相談をしながらケアプランを策定し、我々介護事業者にサービスを発注します。

しかしここからが、この介護保険の仕組みの特異性で、ケアマネジャーはケアプランにおいて同一法人内に80%以上のサービスを発注してはいけないことになっています。専門的な言葉で書くと、"特定事業所集中減算"と言います。分かりやすい説明がありましたので、下記のリンクからご確認ください。

【加算減算】特定事業所集中減算とは|介護ソフト(介護システム)なら「カイポケ」

この仕組みによって、例えば、ケアマネジャーは訪問介護通所介護はA社だけど、福祉用具貸与はB社にお願いするなど、複数の介護事業者とお付き合いすることになります。私のいる会社も常時30〜40名のケアマネジャーを自社で雇用していますが、自社のサービスへ全部誘導せずに、必然と他社のサービスも紹介することになります。

本記事の最初の方で書いた介護保険制度の成り立ちと、これまでにも起こった報酬の不正受領などを考えれば、自社完結できない仕組みも致し方ないと思う向きもあるでしょうが、事務作業を中心とした業務の効率化という観点で見ると次のような大きな弊害が発生しています。 

データのやり取りが電子化しておらず、紙・電話・FAXが中心である。

自分はこの介護業界に来たのは6年前の2010年ですが、移って早々、かなり驚いたことが、現場のあらゆることが紙とFAXで記録されていたことでした。

よくこういう話をすると、いろんな方々が

"そんなの前近代的で非効率ですよ。タブレットを使ったりしてデータ入力したり、もっとシステム化しながら効率化しないと…”と助言をいただきますが、それはおっしゃる通りなのです。だから、現在、自社では徐々に変えられるところは変えてきていますが、それでもまだ、他と比べれば圧倒的に紙や電話、FAXを使っている業界です。

なぜ電子化が進まないかといえば、やはりこれまでに挙げた『サービスが自社完結できない』や『業界内のほとんどがスモールプレイヤー』であることが大きいのだと思います。

本来であれば、ご利用者の契約情報とサービス提供記録、他社のサービス利用状況、ご家族との連絡のやりとりや請求データなどを全部電子化して、一気通貫でInputからOutputを自動化したい。でも、同業他社はまだまだ紙と電話、FAXが主戦力だから、その都度、データを筆記で転記しています。そうすると、その分の時間はかかるし、入力の間違えも発生します。

そして、繰り返しになりますが、業界のほとんどは超零細企業ですから、当然ですが、ICT関連に投資できるだけの財務体力もないし、運用で使いこなせる体力も人員もいない。だから、現在も多くの方々が介護にもっとICTを導入しようと助言してくださいますが、それは例えれば、下町の昔ながらの零細町工場に対して全自動の組立ライン入れれば効率化できますよと提案されている感覚に近いのだと思います。

「そんなのわかっているけど、自分たちだけでは解決できないよ」「そんな机上の空論ではなく、もっと現場を見に来てよ」と、多くの介護事業者は今でも思っているし、でも一方で、喉から手が出るほど、業界の外からのサポートも知見も欲しいのも本音です。

日本の介護業界における"業務の壁"を壊すにはどうすれば良いのでしょうか?

もちろん、自助努力で何とかすべきところもあるでしょうけれど、本記事で挙げたような課題、問題の解決を前進させるには、やはり、政府・行政の力が必要なのも事実だと思います。いつもこの件を考える時に、私は超複雑な連立方程式を解いている気持ちになります。何かの歯車を回せば、必ず良くなるのではないかと信じながら、トライアンドエラーを繰り返しているのですが、まだ決定打を打てていません。

 

今回は重いテーマになってしまいました。そして、まさかの3部作となってしまいました。

最後の【後編】では、自分の立場を省みず、これまでの本記事で書いたことに対する私なりのこの打開策を記したいと思います。とはいえ、あまり突飛なアイデアはなく、これまでの前・中編で回答らしきものは書いてしまっていますが、ご容赦ください。

 

ご意見ご感想がございましたら、何でも構いませんのでよろしくお願いいたします。

長文を読んでいただき、ありがとうございました。